*

映画「はちどり」

公開日: : 作品紹介

映画『はちどり』(英名:House of hummingbird)

52hzLS_B1

中学生時代、とくに中学2年生は、子どもとも、大人ともどっちつかず、社会との関係も中途半端で危うく、それほどのこともないのに、泣いたり、怒ったりと不安定で危なっかしい時と言われます。誰にも思い当たる節があるでしょう。それは何処の国でも同じようです。
監督のキム・ボラさんは、この映画の主人公を中学2年生に設定した理由を次のように語っています。「もっとも無視されやすく、語られない年頃の話をしたかったからです。映画でもファッションでも、何でも、社会が注目するのは常に20〜30代の女性たち。私たちの社会には、10代の女子中学生の話をまともに取り合わない文化があります。」

 

【あらすじ】
1994 年、韓国・ソウル。急速な経済発展を続け、88 年に、オリンピック開催を果たし、国際化と民主化を加速、空前の経済成長を迎えていた。
1994 年、ソウル。家族と集合団地で暮らす14歳のウニは、学校に馴染めず、 別の学校に通う親友と遊んだり、男子学生や後輩女子とデートをしたりして過ごしていた。 両親は小さな店を必死に切り盛りし、 子供達の心の動きと向き合う余裕がない。ウニは、自分に無関心な大人に囲まれ、孤独な思いを抱えていた。
ある日、通っていた漢文塾に女性教師のヨンジがやってくる。ウニは、 自分の話に耳を傾けてくれるヨンジに次第に心を開いていく。ヨンジは、 ウニにとって初めて自分の人生を気にかけてくれる大人だった。 ある朝、ソンス大橋崩落の知らせが入る。それは、いつも姉が乗るバスが橋を通過する時間帯だった。 ほどなくして、ウニのもとにヨンジから一通の手紙と小包が届く。 (映画『はちどり』公式サイトより)

誠実で、端正な映画と思いました。
主人公中学2年生のウニの「子鹿の目のよう」と言われたいつもまっすぐを見つめている眼にそう感じさせるものがあるのかもしれません。

はちどりスチール1

この映画が1994年の時代設定であることに気がつかないで映画を見始めてしまったのですが、主人公のウニが、鬱屈した家庭や学校生活の状況からある意味、ハチドリのように飛び立とうとしている姿が、韓国のその時代のもっている課題と重なり合っていることに気がつきました。その時代に、主人公と同じ中学生だった監督はまた、自分自身のその頃感じた思いを込めてこの映画を作ろうとしたのだろうと想像されます。

とくに「家族」と言うことを考えたとき、家長である父親の、思うがままの権威と暴力、長男中心の家族文化と父親の暴力を受け継ぐ男尊女卑文化と、そのなかで、ウニは子どもとしてほとんどが支配され、無視され、がんじがらめにされています。ウニが万引きなど悪さに走るのはある意味そこからの脱出を企て、抗い、もがいて、頑なになっている姿と言うことなのかもしれません。

はちどりスチール4

そう書いてしまうと、どうしてもウニという少女を外から見てその中にあるものを想像すると言う、これまで作られた大人が外から子どもを見て描いた作品と変わりないように思うかもしれません。

しかし、そうした時に出会った塾のヨンジ先生は、ウニへの接し方が他の大人たちや友人たちとは違ったものでした。ヨンジ先生は、ウニの話をいつもきちんと聞き、ひとりに人間としてきちんと接してくれるのです。ウニは次第に気持ちを開いていき、映画を見る私たちもウニが求めていたものが何なのかを、ウニ自身の気持ちから感じ取れるようになっていきます。ヨンジ先生が自分と同じようなものをとくにウニに感じていたと言うことかもしれません。

はちどりスチール5

私のまわりにも「若い者は何を考えているのかわからない」と言う人がいます。「若い人にもっと伝えなければならない」とばかり強調して言いたがる人がいます。でも、それはともすれば、大人の自己肯定した自分勝手な押しつけになっていることがないかと感じることがあります。どうして私たちは「押しつける」のではなく、共に生きていこうとすること、敬意を持って若い人にも接すると言うことができないのでしょうか。「自分の中にある中学生の自分や若い自分」を見ていくことで、若い人に別な接し方ができるのかもしれません。

子どもにも誠実に向き合っていくこと、ヨンジ先生はそうしたことを私たちに教えてくれます。それはキム・ボラ監督がこの映画に託す姿勢なのかもしれません。

はちどりスチーる2

もうひとつ、この映画で感心したのは家族の描き方です。

「女性が抑圧されているのは事実ですが、抑圧している側が勝者かと言えば、実はそうではない。権力を持っているように見える男性たちがいざとなると自身の感情をうまく表現できず弱々しくみっともない姿になってしまうこともある、そうしたところも描いていくところに、この時代のそうした抑圧を加えているものが、典型的に描かれた父親や兄ではなく、批判の射程が構造そのものに向かっていきます。」(監督インタビューから)

同じような意味で、母親や姉を描くにあたっても、記号的な存在、母の役割、姉の役柄としてパターンとして描くのではなく、それぞれが独立した個人として描かれています。そのひとりひとりが個人として存在する苦しみや悲しみ、虚無感といった様々な感情を見せられることになります。

映画を見た多くの女性が,自分の母親や姉を思い浮かべたと言います。そしてその中で同じように作られてきた自分自身をかえりみることになります。男性であれば、それはまた無意識にも差別している自分自身を知ろうとしない自分を振り返ることになり、またそうした自分を作ってきた「時代」「社会の構造」を考えることにもなります。

 

【スタッフ】

監督・製作・脚本:キム・ボラ
撮影:カン・ググヒョン

【キャスト】

パク・ジフ(ウニ)
キム・セビョク(ヨンジ)
チョン・インギ(ウニの父)
イ・スンヨン(ウニの母)
パク・スヨン(ウニの姉スヒ)
キル・ヘヨン(ヨンジの母)

2018年制作/138分/韓国・アメリカ映画
原題:House of Hummingbird
配給:アニモプロデュース

公式サイト:https://animoproduce.co.jp/hachidori/
予告編:https://www.youtube.com/watch?v=-NOX0LQNWI4&feature=emb_logo

 【上映情報】

ユーロスペース、ユナイテッドシネマ豊洲、TOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ池袋(以上東京)ユナイテッドシネマ入間(埼玉)、シネプレックス幕張(千葉)、第七藝術劇場(大阪)シネマ5(大分)で上映中。7月8月全国拡大上映

上映館:http://theaterlist.jp/?dir=hachidori

ad

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

関連記事

第59回憲法映画祭2021オモテ

憲法映画祭2021

憲法映画祭2021   憲法映画祭2021 と き:4月17日(土)10:30〜18:00

記事を読む

流血の記録 砂川1

映画「流血の記録 砂川」

流血の記録 砂川 1957年制作 日本映画(ドキュメンタリ−) 57分 亀井文夫 監督作品

記事を読む

hidden-scars-jinhee-lee

隠された爪跡 関東大震災朝鮮人虐殺記録映画

隠された爪跡 関東大震災朝鮮人虐殺記録映画 Hidden Scars: The Great Kan

記事を読む

mangekyo

憲法万華鏡

いま、「憲法」をテーマに映像で何が表現できるのだろうか? 様々な人々が様々な方法で「憲法」をテ

記事を読む

ikiru

“私”を生きる

職員会議では職員の意向を確認するための挙手・採決を行うことを禁止され、 卒業式や入学式で国歌

記事を読む

love

ラブ沖縄 @辺野古・高江・普天間

米軍基地問題に揺れる沖縄の各地で繰り広げられている抵抗運動を記録したドキュメンタリー。普天間

記事を読む

第74回「サイレントフォールアウト」20240203案内チラシ2

第74回憲法を考える映画の会『サイレント・フォールアウト 乳歯が語る大陸汚染』

第74回憲法を考える映画の会『サイレント・フォールアウト 乳歯が語る大陸汚染』 日時:20

記事を読む

レーン

レーン・宮沢事件 もうひとつの12月8日

■いま初めて映像化される“国家秘密体制”の爪痕 レーン・宮沢事件とは 太平洋戦争開戦

記事を読む

第79回「〇月〇日、区長になる女。」20240112案内チラシオモテ

第79回 憲法を考える映画の会 『映画 〇月〇日、区長になる女。』

第79回 憲法を考える映画の会 『映画 〇月〇日、区長になる女。』 ***********

記事を読む

「自主制作映画見本市6」20210923(9月1日)P1

自主制作上映映画見本市#6

自主制作上映映画見本市#6 【上映情報】 自主制作上映映画見本市#6 日時:

記事を読む

ad

ad


第82回「琉球弧2025 」「拝啓住民投票さま20250628案内チラシ20250605(入稿時)オモテ
第82回憲法を考える映画の会『琉球弧を戦場にするな 2025』『拝啓 住民投票さま 石垣島のまんなかで起きたこと』

第82回憲法を考える映画の会 『琉球弧を戦場にするな 2025』

2025年5月24日第12回むのたけじ反戦塾チラシオモテ
第12回むのたけじ反戦塾

第12回むのたけじ反戦塾 日時:2025年5月24日(土)13:30

第81回憲法映画祭202520250321修正版オモテ
憲法映画祭2025

憲法映画祭2025 (第81回憲法を考える映画の会) 日時:202

2025年2月24日第11回むのたけじ反戦塾チラシオモテ
「戦争はいらぬ、戦争をさせぬ世へ」第11回 むのたけじ反戦塾

「戦争はいらぬ、戦争をさせぬ世へ」第11回 むのたけじ反戦塾

第80回「ガザからの報告 」20240320案内チラシ20250130(圧縮版)2
第80回 憲法を考える映画の会 『ガザからの報告』

第80回 憲法を考える映画の会 『ガザからの報告』 第80回 憲

→もっと見る

PAGE TOP ↑