憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(291) 映画『チェンジリング』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(291)
映画『チェンジリング』
(初出2009年3月9日掲載・K.T.さん 記)
“チェンジリング”とは、〈取り替え子〉の意味。北欧や英国・アイルランドなどの地方を中心に古くから伝わる民間伝承では、おなじみの存在です。妖精界のものが、人間の子どもを拐かし、代わりに自らの(ゴブリンなど)“醜い”子どもをおいてゆく、という物語。この言い伝えが、現代文明社会で現実に起きるとは……。
映画『チェンジリング』は、1928年アメリカでの実話を基にクリント・イーストウッド監督が撮った作品。2時間20分に及ぶ大作ですが、“長さ”を感じさせないところは、さすがです。
1928年ロスアンジェルス警察は、腐敗の極みにありました。密造酒、売春、あらゆる犯罪が横行し、警察はそれを取り締まるどころか賄賂をとって野放し。自らの“狙撃部隊”を組織し、警察に逆らうものは闇に葬られる。市民の怒りも高まっていました。そんな折、主人公クリスティン・コリンズの一人息子ウォルターが何者かにさらわれます。電話交換手主任として働きながら母子家庭で子どもを育ててきたクリスティンの必死の訴えにもかかわらず、警察はろくに捜査もしない。5ヵ月後、警察が“見つかった”として連れてきた子どもは、全くの別人でした……。
「この子は息子ではない!」クリスティンが言い募っても、警察は聞く耳をもたず、隠蔽工作にかかります。クリスティンを“頭のおかしな女”として精神科病院に強制的に収容することまでやってのけますが、以前からラジオ放送を通して警察の悪事を暴露し続けてきた牧師らが彼女を救出。そして、ついに立ち上がった市民の激しい抗議デモ。クリスティンのために無償で代理人を務める弁護士が、聴聞会で厳しく警察を追及するシーンは圧巻。胸のすく思いです。事件の全貌と真相が明らかになるのは、実に7年後のことでした。
強大な権力の不正を打ち破るのは、一人ひとりは弱い市民の連帯であることを、この映画は余すところなく描いています。「個」の尊厳に基礎をおく憲法の精神に通じるものでしょう。同時に、この映画をクリスティンの成長物語として観ることもできるのではないでしょうか。精神科病院に収容された当初のクリスティンは、同じく警察に抵抗したために収容された娼婦キャロルに対してもよそよそしい。しかし、クリスティンが無理やり薬物を投与されようというとき、窮地を救ったのはキャロルでした。キャロルの罵り言葉にたじろいでいたクリスティンが、再び医者と対峙したときには、同じ言葉を投げつけます。「女性が使うべきでない言葉も、時には使うべきものよ。失うものが何もないときには。」
電話交換手主任として当時のキャリアウーマンだったクリスティンが、娼婦であるキャロルと心通わせ、社会的に二人を隔てる壁を乗り越えたとき、真の敵が誰なのかを悟ったのではないでしょうか。
最後にもう一つ。クリスティンの元にやってきた〈取り替え子〉自身は、一体どのような気持ちだったのか。〈取り替え子〉がウォルターになりすました理由もやがて明らかになるのですが、クリスティンと二人きりになったとき〈取り替え子〉が彼女に向ける視線、目つきに、いくたびも寒々しい思いがしました。考え過ぎかもしれませんが、1928年大恐慌直前、アメリカの病理はこのとき既に始まっていたのではないかとの思いを抱きました。アメリカの持つ“勇気”と“病”、二つの面を感じさせる映画です。
【映画情報】
製作:2008年 アメリカ
監督:クリント・イーストウッド
時間:142分
出演:アンジェリーナ・ジョリー/ジョン・マルコヴィッチ 他
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