憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(293) 映画『12人の怒れる男』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(293)
映画『12人の怒れる男』
(初出2009年3月23日掲載・蓼沼紘明 記)
いよいよ5月から裁判員制度が始まります。諸外国、特に先進諸国では、広範に陪審制あるいは参審制が国民の権利として採用され根付いてきました。司法を職業裁判官だけに任せてきた日本では、この新しい制度に期待ととまどいが交錯しています。映画『12人の怒れる男』はアメリカの陪審制を描き、ベルリン映画祭金熊賞を受賞した名作です。日本の裁判員制度とは異なりますが、その理解を深めるために好適な作品です。
映画は、法廷での審理が終わって、裁判官から陪審員に対して評決の指示がある場面から始まります。妥当な疑問があれば無罪、なければ有罪、評決は全員一致で行うとの簡単な説明があります。ちなみに、陪審制は市民だけで有罪か無罪かの判断を行うものです。有罪ならば量刑は裁判官が行いますが、本件の場合は第1級殺人として死刑になるケースです。陪審員たちは男ばかりの12人。陪審員室での評議だけのシンプルな作品で、映画の上映時間と実際の時間の経過が同じなので、自分も白熱した評決に参加しているかのような臨場感があります。
審理するのは、父親をナイフで刺殺した容疑で捕まった18歳の少年の事件です。少年は自分はやっていないと無罪を主張しますが、有罪の状況証拠がたくさんあります。それゆえに陪審員たちの最初の評決はあっさりと11人が有罪。ただ1人(ヘンリーフォンダ)だけが無罪です。無罪だという確信があるわけではありません。「私が皆さんに賛成して有罪と言ったら、人の死を5分で決めてしまう。間違ったらどうする」。ここから壮絶な議論が始まり、次第に疑問が提示されてゆきます。
この作品は次のことを語っていると思われます。
①刑事事件の大原則は無罪の推定であること。「もしかしたら犯罪者を逃すかもしれない……。しかし(無実の人を死刑にすることによって)人の命をそんなに軽く扱っていいのか」というセリフは核心を突いています。
②思い込みと早く面倒な陪審員の仕事を終わらせたいという気持ちが真実の追求を曇らせます。被告人はスラム街で育ち、暴力的な父親に殴られ続けすさんだ日々を送り、札付きの不良少年になりました。15歳で感化院に入りました。このことだけで有罪の心証を得てしまう人たちが多いのが事実です。人間が他の人間に対して持つ思い込みないし偏見の恐さを示しています。この偏見に陥りやすいのは、被告人のような生い立ちを知らない人たちです。
反対に、検察官や目撃証人は「ウソを言うはずがない」という思い込み。検察官という職業や、「証人」への「逆偏見」と言ったら言い過ぎでしょうか。
陪審員たちのほとんどは、早く面倒な仕事を終えてそこから解放されたいとそわそわしています。しかし、議論するに従い真剣になってゆきます。
③陪審員たちが歩んで来た人生や現在の境遇は実に多様です。そのために、ナイフを使ってよくけんかをする人たち特有のナイフの使い方を知っている人の着眼が新しい事実の発見につながります。また、証言をした老人の孤独な心理状態が重要な意味を持っていますが、そこに気がつくのも、それを理解できる庶民がいたからです。
さて、職業裁判官による日本の従来の裁判はどうだったでしょうか。上記の番号に沿って考えます。①の無罪の推定が厳密になされていれば、1980年代に4件もの再審無罪の判決を出さずに済んだかもしれません。冤罪の多発が、日本の司法にも市民の声を導入しようという意見の大きな背景となりました。②司法界には意識するとしないとにかかわらず一定の人たちに対する思い込みや偏見がなかったでしょうか。恵まれた待遇、高い社会的地位、庶民と泥にまみれて付き合うことのない身内同士の付合いは、市民と同じ意識を持つことを保証していたでしょうか。
そして、裁判官の重大な関心事は事件の処理件数です。迅速に処理して件数を減らすと高い「成果」として評価されます。
③裁判官の人生や境遇は、犯罪を犯す可能性のあるような人たちの微妙な性癖や心理をどの程度理解できているでしょうか。
裁判員制度の趣旨として、「司法に対する国民の信頼を向上させる」「市民感覚を反映させる」ということが言われています。その内容を具体的に掘り下げて考えるのに、この作品は役立つと思われます。
【映画情報】
【製作】1957年 アメリカ
【時間】96分
【原題】12 Angry Men
【監督】シドニー・ルメット
【出演】ヘンリー・フォンダ / リー・J.コップ / マーティン・バルサム / エド・ベグリー
【DVD価格】2990円(税込) 各地の図書館でも視聴できます。
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