憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (73) 『東京国際女性映画祭』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (73)
『東京国際女性映画祭』
(初出2005年10月24日掲載)

*(註)下記の上映会告知の日時は、この記事が掲載された2005年当時のものです。
2005年当時にどのような催しがあったか、どのような映画が上映されていたか、という視点でご覧ください。
10月23日(日)から東京国際女性映画祭が始まりました(27日まで)。国内と海外の女性監督作品をそろえ、一挙に上映されます。
戦後60年の年にあたり、平和や人権を学び考える上でも格好の映画ばかりです。
10月23日(日) 今井正監督 「ひめゆりの塔」など
10月24日(月) ビョン・ヨンジュ監督「僕らのバレエ教室」、シンポ「アジアの女性映画人ができること」など
10月25日(火) 「あの鷹巣町のその後」など
10月26日(水) 「ガラスのうさぎ」など
10月27日(木) 「むちの痕」など
会場:東京ウィメンズプラザ
******************************
別冊女性情報
映画に生きる女性たち―東京国際女性映画祭20回の記録
内容説明
東京国際女性映画祭20回、120人、255本の全記録。
目次
第1章 座談会「女性映画祭20回の歩みを語る」
第2章 上映作品全記録
第3章 女性監督リスト
著者等紹介
高野悦子[タカノエツコ]
東京国際女性映画祭ジェネラルプロデューサー。1929年旧満州生まれ。日本女子大学社会福祉科卒。52年東宝製作本部文芸部勤務。61年パリ高等映画学院監督科卒。68年岩波ホール創立と同時に総支配人に就任。74年エキプ・ド・シネマ(映画の仲間)主宰
大竹洋子[オオタケヨウコ]
東京国際女性映画祭ディレクター。1935年横浜生まれ。日本女子大学国文科卒。75年岩波ホールに入社、企画室長としてエキプ・ド・シネマ運動に携わる。95年退社後は女性映画と中南米映画やポーランド映画の紹介に力を注ぎ、各地での女性映画祭を手伝う
小藤田千栄子[コトウダチエコ]
東京国際女性映画祭コーディネーター。1939年東京生まれ。早稲田大学文学部卒。映画雑誌「キネマ旬報」編集部勤務を経て、76年よりフリー。映画は女性映画を中心に、演劇はミュージカルを中心に取材し、映画演劇評論家として広く知られる
羽田澄子[ハネダスミコ]
東京国際女性映画祭実行委員、映画監督。1926年、旧満州生まれ。自由学園を卒業後、岩波映画制作所に入社、80本を超すドキュメンタリーを手がける。『薄墨の桜』(77)から自主制作に取り組むようになり、『AKIKO―あるダンサーの肖像』(85)、『痴呆性老人の世界』(86)、『平塚らいてうの生涯』(01)『山中常盤』(04)など精力的に作品を発表。日本を代表する女性監督(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
ad
関連記事
-
-
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (110) 『戦場のアリア』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (110) 『戦場のアリア』 (初出2006年6月19日掲
-
-
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (37) 『ベルリン・フィルと子どもたち』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (37) 『ベルリン・フィルと子どもたち』 (初出2005
-
-
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (74) 『住井すゑ 百歳の人間宣言』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (74) 『住井すゑ 百歳の人間宣言』 (初出2005年1
-
-
第18回憲法を考える映画の会のご案内
第18回憲法を考える映画の会のご案内 第18回「憲法を考える映画の会」 日時:6月13日(土)1
-
-
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (28) 『桃太郎 海の神兵』 (初出2004年11月15日掲載 H.T.さん記)
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (28) アニメーション『桃太郎 海の神兵』 (初出200
-
-
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (64) 『亡国のイージス』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (64) 『亡国のイージス』 (初出2005年8月29日掲
-
-
第79回 憲法を考える映画の会 『映画 〇月〇日、区長になる女。』
第79回 憲法を考える映画の会 『映画 〇月〇日、区長になる女。』 ***********
-
-
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (85) 『映画人九条の会/2006年新春特別イベント』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (85) 「映画人九条の会/2006年新春特別イベント」
-
-
速報 辺野古のたたかい 2014年7月
速報 辺野古のたたかい 2014年7月 1月の名護市長選挙でも示された圧倒的な反対の声にもかかわら
