*

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (234) 映画『靖国 YASUKUNI』

公開日: : シネマDE憲法, 作品紹介, 日本の戦争

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (234)
映画『靖国 YASUKUNI』
(初出2008年5月12日掲載・蓼沼紘明 記)

51OGFrEm5RL._AC_UF8941000_QL80_

右翼と政治家の圧力により、4月の上映が中止に追い込まれた映画「靖国 YASUKUNI」の上映が新たな映画館で開始されました。中止に関する問題点については本ページでも採り上げましたが、表現の自由を守れという広範な市民の声と映画関係者の努力によって圧力をはねのけたことは大変大きな意味を持っています。

3日から上映が始まった東京の映画館で、7日に観て来ました。警備員の姿が目立ちましたが、この日まで妨害はなかったとのことです。チケットは早い時間から連日完売されています。若い観客も多く、総ての年齢層の関心の高さが伺われます。

「中止事件」に伴い、各種の試写会が開催されました。右翼・民族派の見方も多様だったようです。映画関係者の評価も、映画を作るスタイルや立場の違いによってまちまちです。

映画は、8月15日の喧騒極まるあ靖国神社の映像と、90歳になる現役最後の靖国刀(上記「中止に関する問題点」参照)の刀匠の姿をドキュメンタリーとして交錯させつつ展開しています。ナレーションはなく、専ら登場する人物に語らせる手法は、観客に自ら考えてもらおうという意図が読み取れます。
普段は静かなこの神社も、8月15日になると、祝祭的雰囲気を持つ賑やかな空間に変貌します。この日の過去10年間に渡る映像が凝縮され、旧日本軍の軍服を着て「天皇陛下万歳」を叫ぶ人たち、参拝する小泉元首相、合祀や首相参拝に抗議する人たちなど、靖国神社に対する賛否双方の意見を持つ人たちを同じ比重で登場させています。
刀匠による刀の鍛造が随所に挿入されていますが、その意味するところは最後の方にならないと分かりません。監督はしばしば尋ねます。「どういう気持ちで作っているのですか」「靖国刀は戦争で役立ったのではないですか」。しかし、刀匠は長く沈黙したあと、「うーん。困ったね。どうかな。」の返答ばかり。

観終わると、全体の構図と刀の意味は明確になると思います。靖国神社をめぐる問題は、政治的には一般の市民が想像している以上に特別大きな意味を持っています。戦後初の上映中止の動きがあったのにはそれ相当の理由があります。靖国神社について自分はどう考えるか、正視して自分としての考え方を整理しておく必要があります。

靖国神社をどう見るか、映像には三つのタイプが現れています。
(1) 明治時代以降、「お国のために死ぬこと」「お天子さまのために息子や夫を捧げること」を、聖なる行為として「顕彰」することによって、戦争で死ぬことに国家としての意味づけを提供することに賛成する立場(参照:高橋哲哉「靖国問題」)。改憲しアメリカがしているのと同様の戦争ができる国にするために、「日本の伝統・歴史・文化」「美しい日本」を再構築しその中核として構想されている靖国神社と天皇の存在はますます重視されてきています。石原慎太郎氏製作による映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」もこの立場です。
(2) 父を戦争で亡くし、「理不尽な死の怒りや恨みや悲しみを国にぶつけたい。だけど国は名誉の死だという。遺族の思いは居場所を失う」という浄土真宗の僧侶の言葉に代表される合祀取り下げを求める立場。宗教を政治に利用することを禁止する憲法20条は明確にこの立場を「公共空間」として採用しています。
(3) 残された者が死者を「追悼」し、平和を祈る場としてそれなりに評価する立場。参拝した小泉元首相の「言葉」はこれに近いのでしょう。参拝に反対する中国や韓国の人々の声を「反日」として批判する日本の「空気」と親近性があります。
最後のシーンで詩吟「日本刀を詠ず」を披露する刀匠の立場はこれかもしれません。詩吟の一節は「容易に汚す勿れ日本刀」です。筆者には「沈黙」していた刀匠はすべてを見通したうえで吟じているように見えましたがどうなのでしょうか。

さて、多くを占めると思われる(3)の見方に対しては、“「追悼」とは、残された者が死者を「追って」「悼む」こと‥‥すなわち、哀しみ悼むこと。「悼む」とは「痛む」こと、喪失の「痛み」を共有しようとすること。ところが、靖国は「追悼」や「哀悼」でなく、戦死を賞賛し、美化し、功績とし、後につづくべき模範とすること、すなわち「顕彰」である。”という研究が参考になります(高橋哲哉上記57ページ)。
小泉元首相は(3)の言葉を用いつつ、(1)に近い立場で国民を統合しようとしていたことは、多くの論者から指摘されています。

中国人である李監督は、靖国刀を外国を侵略する象徴として描いていると思います。アジアの人々の視点からの(2)の立場でしょう。日本刀が秘める「美意識」にはっとさせられます。日本人には気付きにくいのではないでしょうか。日本刀の使われ方に目をそむけることはできません。「反日」という前に、そこで言われる「日本」のあり方を日本人自身が客観視するうえで、是非お薦めしたい映画です。グローバル化する世界に取り残されないためにも。

上映をめぐる情報については、こちら「映画『靖国』特設サイト」
上映中止関係ニュースについてはこちら

【映画情報】
製作:2007年 日本/中国
監督:李纓(リ・イン)
時間:123分
出演:刈谷直治/菅原龍憲/高金素梅

 

ad

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

関連記事

254おいしいコーヒーの真実

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(254) 映画『おいしいコーヒーの真実』

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(254) 映画『おいしいコーヒーの真実』 (初出2008年

記事を読む

陪審員

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (176)映画「陪審員」

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (176) 映画『陪審員』 (初出2007年4月16日掲載

記事を読む

ニッポンの嘘

ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳

  ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳 ■問題自体が法を犯したものであれ

記事を読む

被爆者の声をうけつぐ映画祭

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (181) 映画『被爆者の声をうけつぐ映画祭』 (2007年6月2日〜9日)

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (181) 映画『被爆者の声をうけつぐ映画祭』 (2007年

記事を読む

第28回案内チラシ「焼け跡に生まれた憲法草案」オモテ面

焼け跡から生まれた憲法草案

焼け跡から生まれた憲法草案 NHKETV特集 2007年2月10日放送 90分 【上

記事を読む

145明日へのチケット

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (146) 『明日へのチケット』

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (146) 『明日へのチケット』 (初出2006年11月2

記事を読む

サラエボの花

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (214) 映画『サラエボの花』

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (214) 映画『サラエボの花』 (初出2007年12月1

記事を読む

flyer_1

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (248)映画『告発のとき』

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (248) 映画『告発のとき』 (初出2008年7月14日

記事を読む

23アンナとロッテ

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (33) 『アンナとロッテ』

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (33) 『アンナとロッテ』 (初出2004年11月22日

記事を読む

約束・名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』 予告編 http://yakusoku-na

記事を読む

ad

ad


第90回「新・戦場の兵士」案内チラシ(2026年10月18日)20260916入稿時原稿オモテ
第90回 憲法を考える映画の会 『新・戦場の兵士』

第90回 憲法を考える映画の会 『新・戦場の兵士』 第9

イキガミ
法情報Now<シネマ・DE・憲法>(264) 映画『イキガミ』

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(264) 映画『イキガミ』

263わが教え子、ヒトラー
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(263) 映画『わが教え子、ヒトラー』

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(263) 映画『わが教え子、ヒ

262LOOK
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(262) 映画『LOOK』

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(262) 映画『LOOK』

261女工哀歌(エレジー)
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(261) 映画『女工哀歌(エレジー)』

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(261) 映画『女工哀歌(エレ

81Kjk9eWs3L._AC_UF8941000_QL80_
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(260) 映画『この自由な世界で』

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(260) 映画『この自由な世界

→もっと見る

PAGE TOP ↑