憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (237) 映画『光州5・18』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (237)
映画『光州5・18』
(初出2008年5月26日掲載・蓼沼紘明 記)
近年多くの韓国のドラマが放映され、韓流ブームを起こしました。家族や恋人を愛する想いの深さに涙を流し、日本のドラマにはない新鮮さに心を洗われました。“近くて遠い国”と言われた韓国が身近に感じられました。しかし、日本と韓国の相互理解は思ったほどには進展しなかったようです。報道される韓国内の民主化を求める激しい動きに政治的な肌合いの違いを感じたり、韓国が小泉首相の靖国神社参拝など日本の軍国主義的な要素に批判的だったりしたことも「溝」になったと思われます。
映画『光州5・18』は、二重の意味で「韓流ブーム」を進化させる作品として是非お薦めです。日本で放映、上映される韓国の映画はメロドラマが主体で、民主化を求める政治色のあるものは意識的に排除されています。メディアは韓国の全体像を伝えません。その意味で韓国の民主化の歴史上有名な「光州事件」の全貌を初めて正面から採り上げたこの映画は、「溝」を埋めてくれる絶好の作品です。これが第一。第二に、この映画は、事件の中で生き、そして死んだ兄弟、恋人、夫婦、親子を物語の真ん中に織り込み、家族の極限の情愛を描いています。メロドラマではとうてい及ばない熱い涙なしには見られないでしょう。
5月の全羅南道の田園の薫風を満喫しながら、青年ミヌはタクシーを走らせます。両親をなくしたミヌは、高校生の弟ジヌの親代わりとして、成績のいいジヌが名門ソウル大学法学部に合格するのを楽しみにしていました。ミヌは、ジヌと同じ教会に通う看護師のシネに片思いしていました。5月18日、3人は一緒に映画を見に行きます。上映途中、突然、館内に逃げ込んできた青年を、追ってきた兵士が棍棒で激しく殴打し、同時に館内は催涙弾の煙に包まれます。外は兵士たちと逃げ惑う青年たちで騒然となっていました。「光州事件」の勃発です。
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「光州事件」とは。1961年に軍事クーデターで大統領に就いた朴正熙は、1979年11月、暗殺されました。翌80年3月、 金大中(後の大統領)らが政治舞台に返り咲き、民主化へのムードが高まります。「ソウルの春」と呼ばれました。しかし、5月17日、全斗煥国軍保安司令官がクーデターによって権力を掌握、全国に非常戒厳令を敷くと同時に、金大中らを一斉に逮捕。休校令のため大学校正門に集まり排除された学生たちが、街に出て全斗煥の退陣と戒厳令の撤廃を求めてデモを始めます。対して戒厳軍が光州市内に投入され、その一部が映画館にも入って来たのでした。
19日、市民も加わり、道庁前は若者を中心に群集で溢れます。「市民が立ち上がった」と、歓喜の市民。その時でした。戒厳軍の一斉水平射撃であたりは血の海になりました。身近な人が理不尽に殺されてゆく様を前にして、それまで政治と距離を置いていたミヌたち普通の市民が軍に対抗してゆきます。マスコミを掌握した戒厳軍は、学生・市民を“暴徒”や“アカ”と呼び、兵士には死者が出たが、暴徒の犠牲者はゼロと発表。光州市を孤立させます。
そこに、アメリカの航空母艦が釜山港に入ったという知らせが入り、市民たちは助けてくれると期待します。しかし、実際は違いました。映画には出てきませんが、5月22日、駐留米軍が、その指揮下にある4個大隊の韓国軍の光州投入を承認したことによって局面は決定的に変化しました。27日、10日間続いた市民の抵抗は鎮圧され、9月には全斗煥が大統領に就任、全斗煥は事件を「金大中を中心とした内乱陰謀事件」として、同氏に死刑を宣告(後に執行停止)、多数の運動家を投獄しました。光州事件の犠牲者数は200~2000人という数字があり、未だに正確にはわかりません。軍事政権は、92年まで続きました。
映画の最後のシーン、看護師シネが静まり返った市街に向かって車上から訴える声が胸に刺さります。「市民のみなさん。(戒厳軍と戦って死んでいった)私たちを忘れないでください。覚えていてください」。光州市民に対するこのメッセージには、時と場所を越えた普遍的な意味が強烈に込められています。
韓国は、光州事件(韓国では「光州民主化運動」と呼ばれています)に典型的な多くの犠牲と闘争を経て自由と民主主義を獲得しました。韓国版市民革命です。そのため、日本に比べて政治の民主化に対する熱い要求、不正に対する鋭い追及など開きがあります。日本でも安保条約改定時には陸上自衛隊の出動が準備されました。現在では自衛隊に大きな権限が付与される有事法制が整備され、あるいは市民の自由を本格的に制約する体制が改憲案で準備されています。市民革命を経験しないで民主主義と自由の憲法を持った日本ですが、「権力」の本質・恐さを確認するうえで、そして韓国の人たちに流れる優しい気持ちを理解するうえで、大変貴重な作品です。
【映画情報】
製作:2007年 韓国
監督:キム・ジフン
原題:華麗なる休暇
時間:121分
出演:キム・サンギョン/イ・ヨウォン/イ・ジュンギ/ソン・ジェホ
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