憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(266) 映画『トウキョウソナタ』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>(266)
映画『トウキョウソナタ』
(初出2008年10月13日掲載・蓼沼紘明 記)
東京のとある線路脇に住むサラリーマン家族の物語です。普通の家族が、リストラ、凶悪犯罪、米軍、格差、ままならない子育て・教育という現代の日本が抱える問題に直面し、家庭が崩壊していきます。家族再生への希望は見えるのでしょうか。
健康機器メーカーの総務課長として働く佐々木竜平(香川照之)は、人件費の安い中国への会社の大幅移転に伴い、ある日突然リストラを宣告されます。竜平はリストラを家族に言い出すことができず、毎朝背広を着てハローワークや失業者のたまり場のような広場に行って過ごします。僅かな炊き出しを食べているたまり場で偶然学生時代の旧友黒須に出会います。黒須は4か月も前にリストラされ、やはり妻に内緒で仕事を探していたのでした。
そんな中、未成年の大学生の長男貴が急に、サインしてくれと書面を突き出します。見ると、中東で戦う米軍に入隊することの同意書でした。「米国民でなくても志願できるようになった。米軍に入って平和のために戦うんだ。日本の平和を守っているのはアメリカだ」と貴。「絶対に許さない」と竜平。結局貴はある団体の身元保証で入隊して出国していきます。
一方、小学校6年生の次男健二はピアノを習いたいと言い出しますが、竜平は理由を告げず「だめだ」の一点張りです。仕方なく健二は両親には内緒で卓上鍵盤楽器を拾ってきて練習しつつ、ピアノ教室に通います。通って3か月、並外れたピアノの才能が健二にあることに気付いたピアノ教師(井川遥)は、音楽系の中学に進学することを強く勧めます。しかし、耳を貸さず健二に暴力を振るう竜平。健二は卓上鍵盤をたたきこわしてあきらめます。
そんな不協和音の家族をいたわりつつなんとなく孤独感も味わっていた妻恵は、ある日たまり場にいる背広姿の竜平を見てしまいます。しかし、夫のプライドを守り黙っています。
ある日、場面は急展開します。日中恵が一人でいるところに強盗(役所広司)が入ったのでした。強盗は恵を人質にとって車に乗り込みます。途中でなんとショッピングモールの清掃員として働いている竜平と鉢合わせする恵。そして強盗と恵の奇妙な逃避行。恵は仕事に失敗した強盗に同情あるいは共感のようなものを感じたようです。「人間なんて結局自分しか信じられないものよ。自分を信じなくちゃ」。絶望的な人間不信に陥ったと思われる恵からそんなセリフが飛び出します。
他方、竜平と健二の身にも大波乱が同時進行します。
場面は一転して、再び一つの食卓を囲む3人。そして健二、両親が見守る中、音楽を教える中学校の入学試験に臨み、ドビュッシーの秀作といわれる「月の光」を見事に弾きます。
ここで、ジ・エンド。
家族の再生と希望を描く映画という紹介の仕方が多いようです。情感たっぷりの心を揺さぶる「月の光」は希望を暗示するかのように響きます。
確かに、人は通常、物質的にも精神的にも家族と繋がって生きています。「自分しか信じられない」というのは、本来の「家族」ではないでしょう。
しかし、佐々木家は本当に再生できるのでしょうか。例えば、佐々木家は天才といわれる健二に音楽教育を施すことができるのでしょうか。今、家庭環境の違いによる教育格差の拡大が大きな社会問題になっています。
長男は自由に育てるという方針で放任してきた両親。次男には反対に厳しく親の威厳を見せ付けることに懸命な竜平。家族の問題を真剣に話し合う努力をしない夫婦。大学生になっても両親の思いに気付こうとしない長男。今日本が参戦している戦争のことなど一度も会話に出てこない家庭。
社会に目を転ずれば、グローバル化した時代のリストラ。ハローワークでは時給900円にも満たない仕事を紹介されます。旧友黒須が夫婦無理心中するほど深刻な問題です。
国の失業・転職対策の決定的な遅れや正社員・非正規労働の大き過ぎる待遇格差、無視されるワークシェアリング‥‥。
家族のあり方や経済社会システムの基本的なあり方を本気で考えないと、家族の崩壊、ひいて個人の崩壊という悲劇は止まらないでしょう。この映画の役割は現状に対する問題提起であり、後は観客に考えさせることにあると思われます。
【映画情報】
製作:2008年 日本
監督:黒沢清
脚本:Max Mannix/黒沢清/田中幸子
時間:119分
出演:香川照之/小泉今日子/小柳友 /井之脇海 /井川遥 /津田寛治/ 役所広司
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