憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (134) 『紀子の食卓』
憲法情報Now<シネマ・DE・憲法> (134)
『紀子の食卓』
(初出2006年10月9日掲載・H.T.さん記)
最近、家族の崩壊が問題になっています。
家出、殺人、ネット自殺……。
「いい家族に見えたのに」「まさかあの子がそんなことするなんて」。
よく耳にする言葉です。
この映画は、一見普通に見える家族でも危機を抱えているということをシャープに提起しています。
鮮血が飛び散るかと思うと、次の瞬間には家族の団欒の食卓、54人の女子高生の集団飛び込み自殺…イマジネーションを激しく刺激します。
上映中の映画の中では評論家諸氏による総合評価は高く(キネマ旬報10月号で第1位)、観客による満足度調査も、雑誌「ぴあ」によると先週ご紹介した「フラガール」に次いで第2位です。
海外では複数の受賞をしています。
地方に住む17歳の平凡な女子高生・紀子は、“これが自分だ”というものがつかめず、悶々とした日々を送っていました。
父は地域紙の善良な編集長です。
父母は紀子の孤独感に気づかず、幸福な家庭だと自認しているようすでした。
ある日突然、紀子は、“廃墟ドットコム”というサイトで知り合ったハンドルネーム“上野駅54号”ことクミコを頼って、東京へと家出します。
クミコは、レンタル家族を派遣する組織の有力なメンバーでした。
紀子も、「みつこ」と名乗り虚構の家族生活を繰り返していくことの中に逆説的に家族らしさを求め、同時に自分のアイデンティを探っていきます。
一方、紀子の妹・ユカもやがて“廃墟ドットコム”の存在を知り、紀子を追って東京へと消えます。
2ヵ月後、母・妙子は自責の念にかられて自殺。
残された父・徹三は仕事を辞め、“廃墟ドットコム”を探し当て、娘たちの行方を追います。
園子温監督は、この映画についての宮台真司氏との対談の中で、
「いい子を演じようという家族ごっこをもうやめたいと思って家出したり、殺人までエスカレートする。現実という虚構を演じるということから逃れられる人は一人もいない。だったら、もう自分が役者であることに気付け」と発言しています(週刊金曜日9月22日号)。
論者の多くも、家族や個人の生活の虚構性を描いた映画であると評しています。
しかし、監督の真意はそうなのか。
“あなたはあなたの関係者なのか”というセリフがたびたび登場します。
「お前は本当にお前だと確信を持っていえるのか」ということでしょう(9月22日付け日本経済新聞夕刊)。
自己のアイデンティティの確立がテーマになっていることは確かです。
ただ、家族との関係における個のアイデンティティの形成です。
筆者は、監督の本音は、メンバーがお互いに尊重し合う本来の家族を現実の世界において必死に追求しようとしていることにあると感じました。
今はやりの絶叫型の愛を打ち出す映画や、韓流映画と通底しているものがみてとれます。
憲法の視点から見るとどうなのでしょうか。
24条は、個人の尊重(13条)を基調として、「相互の協力」もうたっています。
ここには、[1]家族の各構成員のそれぞれが個人として尊重され個人の自己実現が図られることと、[2]家族が助け合うことの両立が読み取れます。家族を愛すること([2])は、同時に自分の幸せ・自己実現([1])をも意味すると思います。[1][2]は不可分ではないでしょうか。
家族の虚構性とは、[1][2]が欠如していることだと思われます。
しかし、言うは易く、行うは難しであることは、映画を観て改めて痛切に思います。
この点改憲構想は、上記[1][2]についての認識を異にします。
家族の崩壊の原因は個人の尊重の行き過ぎにあり、国家を構成する最小単位としての家族の「公共」性を重視し、「国家のための家族」を保護すべきであるという考え方が潜んでいます(日本評論社発行『法律時報増刊 憲法改正問題』所収「家族のあり方」(植野妙実子教授))。
人間の存在を軽くみるこのような考え方は、この映画によって吹き飛ばされてしまっていると思います。
関連して、法学館憲法研究所編『日本国憲法の多角的検証』所収の論文「『成熟社会』と『政治』の喪失」の中で、貝沼教授は、現代の成熟社会は、生活の場をフロー化、分断化し、匿名性や不確実性を高め、リスクを極大化したとして、他者との共生の重要性を指摘しておられます。
家族の問題が、分断化され孤立化された一家族の枠内で捉えられるとすれば、家族及び社会における“個人の確立”は不可能であるように思われます。この映画には、そのような問題意識の萌芽も見受けられます。
皆さんは、映画をご覧になってどのように感じられるでしょうか?
【映画情報】
制作:2005年 日本
原作、監督、脚本:園子温
時間:159分
主な出演者:吹石一恵/つぐみ/光石研/吉高由里子/古屋兎丸
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